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それぞれの題字は文章の意味を破壊するような
(ヤフートピックのような?)
滅茶苦茶な選び方をしました。
念のため。
11/11更新!
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先日ふと考えた。「私は人生において、何を成し遂げたのか?」と。仕事にしろ、趣味にしろ、そう自慢できるものはないが、仮にひとつあげるとすれば、「鷹爪」を立ち上げ、今に至ったことだろうか。もちろん、私が携わったのは黎明期の1〜2年であり、10年続いたのはデビ狂氏、横浜O氏をはじめ、秀逸なる鷹爪スタッフの皆さんと、それ以上に熱心に愛読、愛投してくれる読者の皆様のお蔭であることは間違いない。しかし、幸いにしてその器を作ったという実績は、棺桶に持っていけるなと。しかも、私が死しても鷹爪は生き続けるんだなと。ああ、私がこの世に生を受けた意味があったなと。
しかし、まだ私の生は少し続きそうである。それならば、この生きた証にもう少し恩返しをしよう。これが今回の10周年記念事業といえる。その意味でこの度、数々のコンテンツ、企画を掲げた。その結果、もっとも鷹爪に必要な「デビ狂氏の士気」が、格段に向上した。それでは、10周年記念事業、ゆっくりご覧あれ。
最後に、鷹爪を支えてくれた100万の読者に、この場を借りて御礼を申し上げたい。ありがとうございました。これからも宜しく。
鷹爪編集局 局長拝
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熱狂ファンという言葉がすっかり定着しましたが、彼らをweb上で初めて見たのも10年前になります。批判を愛としない、多数決で排除する。何かと似ている気がするのです。私は当時漠然と未来を恐れていました。このような考えの人々が最大勢力であるとするならば、そういう国民性であるかもしれないということ。もしかして何かの拍子にナショナリズムに…、と。その予想は当たったのではないかと思います。ちょっとビックリしていますが、嫌なことです。
私は鷹の爪の皆さんの意見交換を見ていて、常々「プロ野球社会応用学」というような言葉をもやもやと頭に浮かべています。(誰かいい呼び方を考えてください)。プロ野球はグラウンド以外を含む社会構造まで、日本を映しだしいて、そのシミュレートに最適ではないかということです。
鷹の爪とスタッフ、そしてその読者は、研究室やパネリスト、研究家にあたることになるでしょう。例えば在日コリアンに対する差別の問題ではある方が在日の悪を探し、反対側がそれを否定する。激戦になるも、気付くと「差別そのものの是非」という肝心な論点が放置されたままになっている。いや例えばです。鷹の爪はそういう視点で見るサイトになってきたのだと思います。
2004年オフは大きな転換期でした。地域コミュニティレベルだった熱狂が、選手会の号令の元、一瞬にして巨大勢力をつくり、あの読売さえもスケープゴートにしてしまったのですから。しかしそれさえも笑いにするロッカーの猛者を見て、私は理想、希望という言葉を捨てない勇気をもらいました。鷹の爪はなんとなくでも生存し続ける義務があると強く思います。
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突然「そういえばSPINAもやることがあったんだ」とデビ狂より伝えられ、何故に私が…という思いでこの文章をしたためている。しかし局長命令とあらば仕方あるまい、駄文ではあるが皆様にはどうかご容赦いただきたく思う。
思い起こせば当時はまだ野球に対する興味も愛情も溢れていた気がする。それが(デビ狂に巻き込まれた形とはいえ)鷹爪という少し変わったスタンスで野球を見ることを知り、何もしていないながらスタッフという肩書きを与えられ、今日に至っているのである。
3周年事業でCDやつなぎを作ったことなどほんの少し前のような気がするのに、月日というものは本当に早いものである。その間何も変わらなかったようにも思うし、多くのことが変わったようにも思う。尤も一番変わったのは野球に対する興味を失ったことと自分の体重だろうが。あぁ、後はドメイン登録に私のアドレスを使ったため、海外からの迷惑メールも増えていたか…。
閑話休題。夫婦揃って変わり者の我々夫婦にはもともと友人が少ない。その我々にとって、鷹爪でかかわることの出来た人々というのは、顔を合わせているいないを問わず、非常に貴重な、波長の合う人々である。これだけでも、鷹爪にかかわって本当によかったと思えるのだ。
おそらく今後も私自身が表に立って出ることはあまりないであろう。しかし、勝手ではあるがまだしばらくこの心地よい居場所に立たせていただきたい、と思っている。
まとまりのない文章ですみません。皆様の力で今後も鷹爪を盛り上げてください。
私は傍からニヤニヤしながら見つめさせていただきたいと思います。
'06.11.3 SPINA
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10年間のうち8年は居座っているレナードです(笑)。ただならぬマニアックな雰囲気、判官贔屓の視点の数々に思わず時間を忘れて入り込んでしまった98年のあの日。あれから8年の月日が流れ、プロ野球も、自分の生活もすっかり変わってしまいました。もともとは「鷹爪的」な人間ではなかったような気がします。「熱狂ファン掲示板」の原案を出した一人ですがそもそも自分そのものが、最初は熱狂ファンだったのかもしれません。鷹爪での「熱狂ファン」批判は、自分のなかの「熱狂」を探しそれを戒める作業でもありました。書くことで、日々、新しい発見がありましたし鷹爪は勉強の場だったともいえます。若造のくせに、なにを分かったつもりで言ってるのかとお叱りの声が聞こえてきそうですが、鷹爪で得たものは大きいと言わざるをえません。
8年前は学生だった自分も三十歳を過ぎ、青春とはいえない年齢になってしまいました。でも、少なくとも鷹爪では永遠の若造でありたいです。読者の方々には、いつも感謝してます。引き続き、ご愛読を宜しくお願いします。
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こんにちは、jrです。この度、タカツメは10年を迎えることが出来ました。これも一重に皆さんのおかげだと思っております。ありがとうございます。10年と簡単に申しますが、ここにくるまでにたくさんの障害がありました。それを書いていると愚痴っぽくなりそうなので割愛させてもらいますが、2度ほど大変な危機を迎えたということだけは伝えておきます。このページを立ち上げて今に至るまで、私のプライベートでも様々な事が起こりました。友人トミーの結婚、オオタニの失恋、財部の失恋と恋愛、イケマコの失恋、野路君の失恋からの恋愛、そして私の恋愛からの失恋など、星の数のような思い出が出来てしまいました。
さて、話はタカツメに変わりますが、みなさんからの問い合わせが一番多い「なぜこういうページを作ろうと思ったのか」というお題に対して回答したいと思います。そもそもの始まりはこうでした。
編集長「ごめん。夜中散歩してたらシバが逃げた。」(徹夜作業の息抜きで無断で散歩)
jr「大丈夫よ。帰ってくるやろ」
編集長「朝まで探し回ったけど・・・・。」
jr「まあいいよ。そんな事よりダイエー関係のページとか流行りそうじゃない?」
編集長「それって、僕がつくるんよね?」
jr「・・・ちょっと・・犬探してくるよ・・」そんな感じだったと思います。
そんな思いつきで始まった企画が、いまやこんなにたくさんの人に愛されるページへと成長してしまいました。もちろん素晴らしいスタッフに恵まれての事ですが、みんなに大事に育てられて気がつけばもう10歳です。私には子供がいません。しかし私は幸せです。こんなにも可愛らしいシバがいるのですから。これからも皆様宜しくお願いします。
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