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F of F ΨVol.4 燃えよ、熱き彗星−大家友和にエールを贈らんΨ 00/6/4 低劣な日本野球、そして愚劣な日本という国家にいい加減辟易していたそのとき、一つの吉報が轟いた。MLBア・リーグ、ボス トン・レッドソックス傘下の3Aポータケット(Pawtucket)所属の大家友和が、完全試合をやってのけた。117年の歴史を誇るイ ンターナショナル・リーグでは、48年ぶり史上3人目の快挙である。3Aは、マイナーとはいえ、未だに日本の1軍とは遜色ないレ ベルとされているリーグ。そこで、彼は偉業を成し遂げたのである。 大家は、京都成章高校から1993年D3位で横浜に入団。当時から彼の夢は「メジャーに行くこと」。それ故、チームメートから 「メジャー」とニックネームを付けられた。その球速から、将来を切望されていた選手だった。私も、彼については注目視して いた。また、彼は憧れの選手として Negro League の代表的投手だった Satchel Paige を挙げていたという(Negro League について は、後日取り上げたい)。 しかし期待とは裏腹に芽が出ず、98年オフ、渡米のため自由契約という形でチームを退団(一部紙で「横浜を解雇」とされてい たが、大きな事実誤認である)。レッドソックス傘下の2Aトレントン(Trenton)に籍を置いた。 果たして、彼はどの程度アメリカで通用するのか、私は疑心暗鬼だった。が、それを良い方向で裏切る形で、1年目からメジャ ーに昇格。8試合に登板して1勝2敗という成績を残す。 が、今年−。彼はキャンプ中にマイナー降格。再びメジャーの土を踏まんと奮闘していた。そんな矢先の現地時間1日、その努 力が実を結んだ−。 その日の彼の投球内容は、77球、常にストライクが先行し奪三振が8個というもので、課題の制球力も克服されたようだ。彼に とっては、アメリカ式の自主性を重んじる指導法も合っており、再び Fenway Park で彼の勇姿が見られる日は遠くないかもしれ ない。 STAS社発行の『MINOR LEAGUE SCOUTING NOTEBOOK 2000』による現地専門家の大家評は、「メジャーに上がれるチャンス はあるが、スターにはなれない…」とあるが、さて、どうだろうか。今後が楽しみである。 P.S.私は、恥かしながらまだ渡米の経験はない。少なくとも来年までには渡米は実現させたいが、最初の目的地はボストンを考 えている。その日までに、大家には是非メジャーに定着して欲しい。 ΨbackΨ |