●背番号 17  武田一浩
1965年6月22日生 171cm 80kg 右投左打 東京都出身
明大中野高校-明大-日ハム-福岡ダイエー 87年ドラフト1位
(プロフィール)
 福岡ダイエー初の15勝投手。去年15勝8敗で、あわや最多勝と言うところまで行ったが、最後は息の合わない城島と組まされたのと、多少意識して力んでからか、もう一つが勝てなかった。下柳切って15勝だからあのトレードもよしとしなけりゃいけないのだろうが、やっぱりどうも吹っ切れない。芸風が合わんのかね、ウチとは。防御率がイマイチやし、移籍一年目の一発屋はよくあることだ。今年次第でしょう。
 日ハムの武田と言えば、数年前まで押しも押されぬ抑えの切り札で、91年にはパ・リーグの最優秀防御率も獲得した。またそれ以上に首脳陣泣かせの悪そう坊主でも有名で、武田のゴネまくる契約更改はシーズンオフのプロ野球ニュースの風物詩だった。必ず記者会見場に現れるや、鞄投げつけるパフォーマンス。いつもテルシーと一緒に、ブンむくれていた。いや、今もそうだ。今年も越年だったか。いきなり武田が1億円プレーヤーになろうかした時にはどうしょうかと思った。でも今は成本が1億貰うご時世だからね。それに比べ鹿取が1億2000万そこそこというのは可哀想すぎる。日ハムではその後先発に転向するが(もちろんここでもゴネまくり)、ウチは抑えられまくる、抑えられまくる。16-0完封負けやらあったね。鈴木と一緒で2年前から、若手起用を重視する上田監督の方針に漏れ、一昨年は不覚にもイースタン最優秀防御率をダントツで獲得。多分監督と馬が合わなかったのが干された最大の理由だろうが。そして何も考えずに「武田が欲しい」というだだっ子監督の下へ移籍。しかも地元ということで人気があり、戦力的にも有用な下柳を放出したのだ。ああ、加藤の白星を奪いまくったアイアンホークが懐かしい。
 上でも書いたように、今年彼の真価が問われる。吉武、ヒデカズの若手をつれて自主トレを行い、プロの厳しさをたたき込んだらしいが、他のダラダラしたやつに言うべきやないんか。とにかく武田、あと5kgはやせなこて。


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1996 ぼくた兄弟社